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今日は、日本史上、最も切ない日記を紹介しましょう。
その日記を記したのは宇多天皇(867~931)。
強大な勢力を持つ貴族、藤原氏の権勢を押さえて政治の刷新を図り、寛平の治と称される治世を実現した天皇陛下です。
ですが宇多天皇、その反面で、藤原氏との軋轢で非常に苦しんでいました。
その上、乱行で退位させられていた先々代陽成天皇の乱暴に対する世間の苦情にも心を痛めており、
色々と気苦労の耐えなかったご様子。
そんな宇多天皇、即位後二年の寛平元年(889)年8月10日に、
心労の余り、左大臣・源融にこう漏らしたと、御自身の日記(『扶桑略記』所引)に書いておられます
玉 茎 不 発
(勃 た な い)
この年帝は御年23歳。
その元気盛りの青年皇帝が
「寝食にも不安で、以来勃たない。まるで老人だ。(寝膳安からず。爾来玉茎不発。ただ老人の如し。)」
と、精神的ストレス由来の機能性インポテンツになったことを、ぼやいているのです。
玉茎不発
これほど切ない四文字もそうそうあるものではありません(性的な意味で)。
宇多天皇が平安時代第一の女流歌人として名高い才女・伊勢に皇子を生ませるなど、色好みの道でもなかなかの強者として後世に名を残していることを思えば、その切なさはひとしおです。
そういうわけで、玉茎不発な『宇多天皇日記』こそは日本史上最も切ない日記(性的な意味で)と呼んで良いのではないかと思います。
なお宇多天皇のインポテンツは左大臣の助言によって露蜂(露蜂房)を服用することで直ったそうです。露蜂房とはスズメバチが樹皮をかみ砕いて作った巣の外側の薄い膜のことですが、ここで言う露蜂をローヤルゼリーとする説もあります。
そして、ナニの再起に成功した
帝曰く
その験真と言うべきなり。
(その効果、真であったヽ(゚∀゚)ノ ! !)
とらっしゅのーと : 日本史上もっとも切ない日記(性的な意味で) (via nagas)
(出典: petapeta)